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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)229号 判決

大阪府八尾市若林町3丁目126番地の1A-107号

原告

レイテック株式会社

同代表者代表取締役

飯岡孝之

同訴訟代理人弁理士

千葉茂雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

田中穣治

安田徹夫

市川信郷

関口博

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第17684号事件について平成5年11月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「プラスチック手袋の製造方法及びプラスチック手袋」とする発明(後に名称を「手袋および手袋成形用型体」と訂正、以下「本願発明」という。)について、昭和58年10月22日、特許出願をした(昭和58年特許願第197967号)ところ、平成3年7月30日、拒絶査定を受けたので、同年9月10日、審判を請求した。特許庁は、この請求を平成3年審判第17684号事件として審理した結果、平成5年11月4日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成5年12月4日、原告に送達した。

2  本願発明の要旨

「1.成形用型体の表面に樹脂流動物組成物溶液の皮膜を形成して製造されるプラスチック手袋において、

(a)  人差指部1と中指部2と薬指部3と小指部4の各指部の長さ方向が、それらの掌側表面における各指先部分と、各指部へと続く中手部6の上端部分と、各指先部分と中手部6の上端部分との中間部分の3箇所が内接円O1・O2・O3・O4に接する曲率(α・β・γ・δ)をもって掌側に弯曲しており、

(b)  その人差指部1の接する内接円O1の半径R1が60~80mmであり、

中指部2の接する内接円O2の半径R2が50~70mmであり、

薬指部3の接する内接円O3の半径R3が45~70mmであり、

小指部4の接する内接円O4の半径R4が40~70mmであり、

(c)  人差指部1と中指部2と薬指部3と小指部4の各指部の内接円O1・O2・O3・O4の接する各指先部分から中手部6の上端部分に至る曲率(α・β・γ・δ)が、人差指部1では曲率α=35~85°であり、中指部2では曲率β=40~90°であり、薬指部3では曲率γ=40~90°であり、小指部4では曲率δ=35~90°であり、

(d)  中手部6の掌側表面の各指部間の各谷間21・22・23の続く中手部6の掌側の上端部分が人差指部1側から小指部4側にかけて掌側に弯曲しており、

(e)  拇指部5の中手部6からの立ち上がり部分が、中心角が45~55°となる円O5の円弧の左端と右端と左右両端間の中間部分に接する曲率をもって掌側に弯曲していること、

(g)  手袋全体の形状が、休息時の素手の自然態を成していること、

を特徴とする手袋。」(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和39年特許出願公告第13140号公報(以下「引用例」といい、引用例記載の発明を「引用発明」という。別紙図面2参照)には、手袋母型に内装体を被着し、ビニール系合成樹脂液中に浸漬し内装体の表面にビニール系合成樹脂被膜を付着した側面図である第2図とこのように内装体にビニール系合成樹脂被膜が被着した電気絶縁用手袋は手袋母型より脱却するものであることが記載されている。

(3)  両発明を対比するに、引用例の第2図によれば、拇指部寄りの甲側から見たその手袋は、手袋の形状全体が休息時の自然な素手の如き態をなしているので、掌側については、当然に人差指部と中指部と薬指部と小指部の各指部の長さ方向が、また、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて、さらには、拇指部の中手部からの立ち上がり部分が、いずれも掌側に弯曲する構造になっているものと解するのが相当であるので、両者は、成形用型体の表面に樹脂流動物組成物溶液の被膜を形成して製造されるプラスチック手袋において、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各指部の長さ方向が、また、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて、さらには、拇指部の中手部からの立ち上がり部分が、いずれも掌側に弯曲している点で一致している。

これに対し、本願発明において、各指部の長さ方向の掌側への弯曲が、それらの掌側表面における各指先部分と、各指部へと続く中手部の上端部分と、各指先部分と中手部の上端部分との中間部分との3箇所が内接円に接する曲率をもってなし、その人差指部の接する内接円の半径が60~80mmであり、中指部の接する内接円の半径が50~70mmであり、薬指部の接する内接円の半径が45~70mmであり、小指部の接する内接円の半径が40~70mmであり、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各指部の内接円の接する各指先部分から中手部の上端部分に至る曲率が、人差指部では曲率=35~85°であり、中指部では曲率=40~90°であり、薬指部では曲率=40~90°であり、小指部では曲率=35~90°であり、拇指部の中手部からの立ち上がり部分の掌側への弯曲が、中心角が45~55°となる円の円弧の左端と右端と左右両端の中間部分に接する曲率をもってなし、かつ、手袋全体の形状が、休息時の素手の自然態をなすとしているのに対し、引用例ではそのような数値規定及び自然態なる明示がなされていない点で相違する。

(4)  相違点について検討するに、本願発明では、前記のとおり、人差指部、中指部、薬指部及び小指部の内接円の半径及び曲率、拇指部の中手部からの立ち上がり部分における曲率を規定した点について、本願明細書の記載によれば、休息状態における自然な素手に近似させたことに基づくものと認められるが、手袋の形状として、引用発明の手袋も、前記のとおり、休息時の自然な素手の如き態をなしており、このように自然な素手に即した態が最も普通に考えられ得ることから、本願発明において、引用発明の手袋全体の形状を休息時の素手の自然態となすこと、換言すると、前記の如く、手袋の人差指部、中指部、薬指部及び小指部の内接円の半径及び曲率、拇指部の中手部からの立ち上がり部分における曲率を規定し、それが素手の自然態をなすと明示するようなことは、格別発明力を要することとは認められない。そして、本願発明の効果も、格別のものとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)及び(2)は認める。同(3)の引用発明に関する部分について、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各指部の長さ方向が、掌側に弯曲する構造になっていることは認めるが、その余は争う。また、一致点及び相違点の認定について、両発明が、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて、また、拇指部の中手部からの立ち上がり部分が、いずれも掌側に弯曲している点で、さらに、手袋全体の形状が休息時の素手の自然態をなしている点でそれぞれ一致するとした点を争うが、その余は認める。同(4)、(5)は争う。審決は引用発明を誤認した結果、一致点を誤認し、また、相違点の判断を誤るとともに、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

(1)  一致点の誤認(取消事由1)

引用発明はビニール樹脂手袋の製造過程における樹脂被膜内に発生する気泡の解消を目的とするものであり、手袋母型に内装体を被着し、合成樹脂液中に浸漬して内装体の表面にビニール系合成樹脂被膜を付着し、型体から脱却する電気絶縁用手袋を製造する方法に関するもので、予め内装体をDOP液に浸漬し、合成樹脂液から取出後に苛性ソーダに浸漬・冷却・半硬化させ、脱水乾燥することを要旨とするものであり、本願発明とは目的、構成、効果のいずれの点においても相違するもので、本願発明の示唆となる点はない。

ところで、引用例第2図は、引用発明の手袋とその型体の側面図であるが、引用例には、第2図以外に手袋の形態に関する記載はないので、その形態は第2図で認定する以外にはない(以下、第2図に図示された手袋を「引用手袋」という。)。そこで、第2図をみると、引用手袋は、人差指部と中指部と薬指部と小指部が掌側に弯曲していることが認められる。しかし、引用手袋においては、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて掌側に弯曲する構造及び拇指部の中手部からの立上部からの立ち上がり部分が掌側に弯曲する構造になっているものとは認定できないことは以下のとおりである。すなわち、もし、引用手袋において、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて掌側に弯曲する構造になっているのであれば、第2図の斜視図において、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各間隔は、人差指部から小指部に行くにつれて狭くなり、小指部は薬指部の陰に隠れて側面図には現れ難くなるものであるし、また、人差指部から小指部に向かうにつれて順次細くなるはずである。しかるに、第2図では、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各間隔が等間隔、かつ、各指部は同じ太さに描写された手袋が示されている。このことからすると、前記の各間隔が等間隔に描写されている第2図から、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて掌側に弯曲する構造になっているものと認定することはできない。そして、引用例には、引用手袋が自然の形態をなしているものと認定する根拠はない。

したがって、引用手袋を上記のような形態と認定した審決は誤っているから、かかる誤った認定を前提にこの点において本願発明の手袋の形態と一致するとした審決の認定も誤りであることは明らかである。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

審決は、相違点に対する判断の前提として、引用手袋の形状を、前記のとおり、休息時の自然な素手の如き態をなしているものと誤って認定し、この誤った認定に立脚して、相違点について、格別の発明力を要しないとするものであるが、上記の前提が誤りであることは、前項に述べたとおりである。また、人間の素手の形態は多種多様に変化するものであるところ、このように多種多様な形態の中で、いかなる形態がプラスチック手袋成形用型体の形状に適するかは、公知でもなく自明でもないことからすると、審決の相違点に対する判断も誤りであることは明らかである。そして、本願発明は、要旨記載の構成を採択した結果、着用して疲労感を受けず、かつ、脱げ難く、殊に医療作業に適したプラスチックゴム手袋を実現し得たのに、審決はかかる顕著な作用効果を看過したものであるから、この点においても判断を誤ったものであり、取消しを免れない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  取消事由1について

休息時の自然な素手の形態とは、力を入れて初めてもたらされる各指が中手部から真っ直ぐに伸びた素手の形態と対峙される、力を抜けば必然的にもたらされる各指が掌側に弯曲した素手の形態を指すことはいうまでもないことであり、さらに、休息時の自然な素手の形態の特徴を観察するなら、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指側にかけて掌側に弯曲し、また、拇指部の中手部からの立ち上がり部分が掌側に弯曲している形態となる。そうすると、引用例第2図に示された引用手袋は、拇指部寄りの甲側から図示されたものとはいえ、各指部の長さ方向だけでなく、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて弯曲しているところから明らかなように手袋の形状全体が休息時の自然な素手の如き形態をなしている。確かに、小指部について薬指部の陰に隠れるのが実際よりも若干少なめかもしれないが、引用手袋は、簡略にしてかつ模式的に図示されたものであってみれば、その小指部をもって休息時の自然な素手の如き形態になるイメージが直ちに左右されるという程のものではない。

ところで、本願発明は、もとより、成形用型体の表面に樹脂流動物組成物溶液の皮膜を形成して製造されるプラスチック手袋における製造方法に係る発明ではなく、プラスチック手袋その物に係る発明であるが、本願明細書14頁9行ないし15行の記載から明らかなように、引用例に第2図の説明として記載された手袋母型に内装体を被着し、ビニール系合成樹脂液中に浸漬し、内装体の表面にビニール系合成樹脂皮膜を付着して製造したような手袋を排除するものではない。そして、この第2図に示された手袋が休息時の自然な素手の如き形態をなしていることは前述のとおりであるから、審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

前記のとおり引用手袋の形態に関する審決の認定に誤りはなく、そして、人間のゆったりとした楽な姿勢とは力を抜いた自然な姿勢であり、部分的な素手についても同然であることを思えば、原告主張の本願発明の奏する作用効果も、休息時の自然な素手に見立てた手袋に基づくものである以上、当然期待し得る自明な作用効果というべきものにすぎず、相違点について格別発明力を要するものとは認められず、また、本願発明の奏する作用効果も格別顕著なものとは認められないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証の1(願書添付の明細書及び図面)、同号証の2(平成2年7月31日付け手続補正書)、同号証の3(平成3年6月22日付け手続補正書)及び同号証の4(平成3年9月10日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は以下のとおりである。

本願発明は、炊事、汚物処理、医療手術等の際に着用される一般にゴム手袋と称されるプラスチック手袋の製造技術に関する発明である(甲第2号証の1、2頁4行ないし8行)。この種のプラスチック手袋は、成形用型体を天然ゴムラテックス、スチレン・ブタジニン・ゴムラテックス、アクリロニトリル・ブタジエン・ゴムラテックス等の樹脂流動組成物溶液に浸漬した後取り上げて、型体表面に樹脂を皮膜させて作られるが、この際に用いられる成形用型体は、従来、慣用される繊維製の手袋の形、すなわち、各指部が中手部から真直ぐに伸びた形に合わせて作られているため、その型体に応じたプラスチック手袋が形成されている(前記甲号証の1、2頁9行ないし3頁1行)。このため、前記のような従来型の手袋を着用すると、常に、素手の自然な動きが妨げられ、特に、ゴム手袋は、弾性回復力を有する樹脂皮膜によって形成されるので、手を握ろうとするときは各指が甲側へ引きつられ、物を把持するときは掌側に曲げ皺が生じるため、着用時の疲労感が大きく、かつ、曲げ皺により触感が鈍るという欠点を有していた(前記甲号証の1、3頁2行ないし15行)。そこで、本願発明は、樹脂皮膜の伸縮による疲労感がなく、物を把持するとき触感が鈍らないプラスチック手袋を提供することを目的とし(前記甲号証の1、4頁18行ないし20行)、特許請求の範囲記載の構成を採択したものであり(前記甲第2号証の3、2頁3行ないし5頁末行)、この結果、疲労感を与えず、触感も鈍らないとの作用効果を奏し得たものである(前記甲第2号証の1、5頁13行ないし6頁6行)。

3  取消事由について

(1)  取消事由1

成立に争いのない甲第3号証(引用発明の出願公告公報)によれば、引用例には、「この発明は合成樹脂繊維その他の繊維を単独あるいは混成した織布または編布などをもつて手袋状に形成した内装体をDOPの粘液槽中に浸漬し上部より適当の重量を有する多孔板にて重圧するとともに該槽の下部に振動装置を設けて浸漬中の内装体より発生する気泡を消失しながら内装体の織目または編目などに粘液を班なく浸透せしめた後粘液槽より内装体を取出して金属または陶磁器製の手袋母型に被着して別に真空脱泡機によりて脱泡したビニール系合成樹脂液の収容槽に一定時間浸漬して手袋母型に被着した内装体の表面に所要の厚さを有するビニール系合成樹脂被膜を付着せしめた後耐熱油を加熱溶解した液中に短時間浸漬して前記ビニール系合成樹脂被膜の表面を均整ならしめさらに苛性ソーダの溶液中に浸漬して冷却処理を施し半硬化せしめたる後表面の水分を除去して乾燥室にて完全乾燥するものである。」(1頁左欄13行ないし27行)との記載及び「手袋母型に内装体を被着しその表面にビニール系合成樹脂被膜を付着した側面図である」(前同頁10、11行)第2図(別紙図面2)が記載されていることが認められる。

上記の記載によれば、引用発明は、手袋状に成形した内装体をビニール系合成樹脂液等の中に浸漬した後、表面被膜を硬化させ、内装体にビニール系合成樹脂被膜を付着せしめて手袋を製造する方法に関する発明であるから、これを前項に認定した本願発明と対比すると、両発明はいずれも手袋状に形成した成形型を溶液中に浸漬し、その溶液によって成形型の表面に皮膜を形成して手袋を製造する技術ないしはかかる方法によって製造した手袋に関する発明である点において、技術分野を同じくするものということができる。したがって、本願発明者が技術分野を同じくする引用発明を適宜必要に応じて参酌することに格別の障害はなく、本件全証拠を検討してもこれを困難ならしめる証拠はない。

原告は、この点について、本願発明と引用発明は目的、課題を異にするから引用発明は本願発明を想到するに際して何らの示唆を与えないと主張するところ、確かに、引用発明が本願発明と課題を異にすることは、引用例の前記認定の記載に照らして明らかである。しかしながら、引用例の第2図として記載された手袋の形状については、引用発明の前記課題とは直接的な関係を有するものでないことは明らかであるから、前記のような課題の相違が引用発明の手袋の形状を必要に応じて参酌することの障害となるものとは認め難く、この点に関する原告主張は採用できない。

そこで、進んで、引用手袋の形状について以下、検討するに、前記甲第3号証によれば、引用手袋の形状は別紙図面2記載のとおりであり、同図は、手袋母型に内装体を被着し、その表面にビニール系合成樹脂被膜を付着してプラスチック製手袋としたものを指先を上方に向けてほぼ垂直に配置したものの斜視図である(同図が斜視図であることは当事者間に争いがない。)ところ、別紙図面2に基づいて引用手袋の形態上の特徴の骨格的部分を摘記すると、同手袋は、左手用の手袋であり、甲側が緩やかに弯曲し、その延長方向の指先方向に、拇指を除く4指がいずれも緩やかな円弧を描いて掌側に弯曲し、拇指は緩やかな円弧状に弯曲した人差指の下付近に、上部を僅かに右方向に傾斜して配置されているものということができる。

ところで、人間の手は必要とする動作に合わせて極めて多様な形態を取り得ることはいうまでもないところであるが、全ての指が力を抜いた状態である自然の休息時における手の状態は、通常、手が特定の動作に向けた各種の形態を取る上での最初の出発点となるべき状態であって、手の取り得る最も基本的な形態ともいうべきものである。そして、上記の手の状態は前記のとおり全ての指が力を抜いた状態であるから、その状態にある手の形態的特徴の骨格的部分が、拇指以外の4指が掌側に緩やかな円弧を描き、拇指は緩やかに円弧を描いた人差指の先端に向けて僅かに掌側に傾いた形態にあることは経験則上明らかなところである。

してみると、第2図の斜視図に表された引用手袋の前記認定の形態上の特徴によれば、引用手袋の形態は、人間の手が休息時に取る形態的な特徴の骨格的部分をほぼ具備していることは明らかである上、引用例を精査しても引用手袋の形態について特段の記載が認められない以上、手の取り得る最も基本となる形態を採用したものと解するのが合理的であるというべきであるから、引用手袋の形態をもって、自然の休息時における手の形態を表しているものと理解して差し支えがないものというべきである。

原告は第2図に表された引用手袋の形態について、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各間隔が等間隔であり各指部は同じ太さに描写されているから、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて掌側に弯曲する構造、すなわち、引用手袋が休息時の自然な形態をなしているものと認定することはできないと主張するので検討するに、いずれも成立に争いのない甲第3号証の2ないし5の各図(原告訴訟代理人作成の第2図の拡大図)によって前記第2図を子細にみると、確かに、本願発明の手袋における各指の円弧状の曲がり具合を示す曲率と引用手袋のそれの間には差異があり、また、各指部の間隔や各指の太さにおいて原告の上記指摘に沿う事実を認めることができるが、第2図が略図であることは同図自体から明らかであるから、元来、かかる見取図的性質の図面を拡大してその形状の正確性を論ずること自体余り意味のあることとはいえないし、原告指摘の上記の図示上の差異自体僅かなものであって、これらの差異は、前記認定の引用手袋が具備する休息時の自然な形態的特徴の骨格的部分が与える圧倒的な印象に吸収されてしまう程度の微差といって差し支えがないというべきである。

してみると、引用例記載の第2図に表された引用手袋の形状を、人の手の休息時の自然な形態、すなわち、掌側については、人差指部と中指部と薬指部と小指部の各指部の長さ方向が、また、中手部の掌側表面の各指部間の各谷間の続く中手部の掌側の上端部分が人差指部側から小指部側にかけて、さらには、拇指部の中手部からの立ち上がり部分が、いずれも掌側に弯曲する構造になっているものとした審決の認定に誤りはなく、この点において本願発明の手袋の形態と一致するとした審決の認定にも誤りはないというべきである。

したがって、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2

審決が相違点として摘示した、本願発明が手袋の形態を休息時における素手の自然態となすべく人差指部、中指部、薬指部及び小指部の内接円の半径及び曲率並びに拇指部の中手部からの立ち上がり部分における曲率を数値規定したことについての発明力の要否について検討するに、本願発明における手袋が採用した形態と引用手袋の形態がいずれも休息時における人の素手の形態である点において一致することは前項に説示したとおりであるところ、上記の数値規定は、上記の手の形態を数値化して表現したものに止まるものであり、その数値化に格別の困難性を伴うものでないことは明らかであるから、これをもって格別の発明力を要するものではないとした審決の認定判断に誤りはない。そして、前記2項に認定した本願発明の奏する着用時の疲労感が少なく、かつ、触感も鈍らず医療用に適するなどの原告主張の作用効果も、基本的には、各指が力を抜いた自然の休息時の素手の形態に由来するものであることは経験則上容易に推認することが可能なところであるから、かかる作用効果を格別のものとすることは困難といわざるを得ない。

したがって、取消事由2も採用できない。

(3)  以上の次第であるから、審決に原告指摘の違法は認め難く、その認定判断は正当である。

4  よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

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別紙図面2

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